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曖昧3センチ そりゃ無理ってことかい?

第48幕

「お嬢さん」
 ワックスのかかったオールバックを両手で整え、声のトーンを少し落としてゆったりと歩いてくる軟派そうな男……えっと、誰だろう。どこかで見たような気がするのだが。どうにも思い出せない。
「俺の名前は谷口って言います。趣味は読書に水泳、ラクロス、カバディ、映画鑑賞から芸術鑑賞までこの地球上のありとあらゆる森羅万象の有象無象、色んなことに興味があるんですが。今! その中のどれよりも貴方に興味がある! おお、エンジェルフォール! マリアよ! ガブリエルよ! 天から舞い降りた女神アテナに出会わせて頂けたことに感謝いたします!」
 "貴方に" を妙に強調させて言う。
 手が届くくらいの距離で両手で天井を仰ぎながら自己陶酔する男を見上げていると周りから、「あれ、私にも言ったことあるんだけど……」だの、「あいつ、水泳も鑑賞するんだろ? 女子の」だの、「あいつやっぱ本物の馬鹿だぜっ」だの言うグングニルが降っている気がするが、気にしないでおこう。本人も聞かずにオールバックを輝かせていることだしな。それが、優しさって奴さ。
 だがよく分かった。この軟派な物言い。有り余る自信。そして空回りする突発行動。"あの" 谷口に違いない。けれども問題は、今もしっかりとあたしの右肩を掴んで離さない、この男だ。たく、正直驚かされたよ。いきなり初対面で肩を抱かれて、かつ、「従兄妹だ」と言われてしまうなんてな。でも、意外とがっしりした体付きなのがブレザー越しにも分かる、こいつが……キョン? あたしが男?
 浸りに浸りきった谷口が、右手を素早く振ると白い薔薇を飛び出させて鼻先に持ってくる。
「できればお名前をお聞かせ願えませんか? 姫君よ。そして、どうか俺と結婚してください!」

「「気が早いわあああああ!」」 

   ボゴゴッ、ドゴッオオオ

「コぽッペ―――パっ、ンっ!?」
 前後から来る正拳突きを顔面と後頭部でモロに受け止め、更にはハルヒなる女子生徒に( 本当に女の子?! )回転蹴りを鳩尾あたりに喰らわせられて、鼻血を出しながらGカップの美女十人に囲まれてハーレム気分を味わったように倒れていく谷口。なんて、憐れな……あたしの知っている谷口より酷い扱いだぞ? 身体がピクピク痙攣しているが、生きてるのかどうか。
「まったく、どっかで見たようなネタやってないで、サッサと退きなさいっての!」
 いや、退いてるけど。むしろ、この世から退いて逝きそうだけど……
「そんなことよりもキョン! 従兄妹って言ってたけど、この、それ! そんなにくっ付くくらい仲が良いものなのかしら?!」
「え、えっとなぁ、そうだなぁ、結構仲良かったんだぜ? 一緒に川辺とか、海辺とかで遊んだよなあ?」と、眼差しで同意を促すキョンなる男。
「っへ? ああ……うん。遊んだ、な。貝殻集めとか、バレーとかして」
 急に振るな! コレがどういう状況なのか、あたしはまだ整理出来てないんだぞ! お前が始めた嘘なら、最後までお前だけで騙し通してくれ。
「とにかく、離れなさい! 団長命令よ!」
「あ、ああ」と、パッと手を離すキョンを見届けて、彼女の言葉を反芻する。
 団長……
「SOS団・・・のか」
「は?」
 それが今、何か関係あるの? という顔をして左髪を掻き揚げた後に腰に戻し、
「そうだけど。何、もしかしてSOS団に用事な訳? なら昼か放課後にでも来て頂戴…………って、そうじゃないわよね。キョンの従兄妹で、しかも仲が良いって言うならSOS団のことくらい知ってるはずよ?」
「いいや、ハルヒ。俺は"仲が良かった"て言ったんだ。ここ二~三年はまともに連絡してなくてな。コッチに来るって電話で聞いたときは、そりゃもう昔話に花を咲かせたさ」
「名前は?」
「ん? 名前?」
「その子の名前よ!」
「え、えっと・・・・・・花子だな」
 ちょっと待てええええええええええええええい!?
 心の中で出来うる限りの大音量であたしは叫んだね。さすがにそれは不味くないか? お前はどこまで嘘が苦手なんだ!?
「キョン。あんた……ふざけてるの?」
 ああ、そうだな。普通はこんな、お役所の書き物の例で出ているような使い古された名前を出されて納得できる奴はいない。
「そんな名前居るわけないじゃない! そうね」
 あたしとキョンを交互に見つめる審査員はそう言うが、世の中の芸人に一人心当たりがいるというのは黙っておこう。その眼がこちらを向いて止まる。心まで射抜かれそうだ。
「まあ、顔もどこかしら似てるし、従兄妹ってのはあながち間違いじゃないかもしれないわね。だから今日からあんたは、『キョン子』って呼ぶから。良いわねっ!」
 やっぱそうなるのか、ハルヒコはどうなってもハルヒコのようだ……。
 そう決まったや否や、キョンが大根役者よコンニチハ、大げさな動作で話し始める。
「おお、流石だなハルヒ。いい名前じゃないか。可愛らしい名前貰ってよかったな。皆、すぐに覚えてくれるぞ」
「ああ、そう……だな。ありがとう」
 
 ―――文芸部に行っててくれ

「!?」
 辛うじてあたしに聞こえるくらいの声で、そう伝える。
「それじゃあハルヒ、なんかキョン子は用事があるらしいから、もう行くらしい」
「あら、そうなの?」
「う、うん。そうなんだ。じゃあ、また宜しく頼むよ二人とも」
 身体を返しながら別れの仕草をして、教室の出入り口を出て行ったが、後ろから「まだ聞きたいことは山ほどあるんだから、ちょっとそこに座りなさいキョン!」とか聞こえてきた気がする。頑張れ、キョンとやら。

 いつも通りの道のりで歩いていくと、文芸部は存在していた。どうやら、校舎の構造はあたしが覚えているのと一緒のようだ。扉を開けて、誰もいない文芸部室……いや、SOS団の部室を眺める。
 窓際にある団長席とパソコンもパイプ椅子も、部屋の真ん中にある長机も、急須にポット、お茶葉入れも変わら……ん、なんだこのコスプレ衣装、女物ばっかりだ。それに、隅っこに在るでっかい椅子も部屋に不釣合いだし。やっぱ、なにか違ってるのかね。
 出会う人物、出会う人物がすべて性別が逆転している。でも、あたしの男バージョンは別に存在しているわけで……一体どうなってるんだ。ほんと訳が分からん。コペルニクスでもフロイトでもアインシュタインでも誰でも良い。この状況を説明してくれ。
 朝からの事を考えながら、問題を山積みにしていくハルヒコのことを恨んで、呆れて、長机に入っているパイプ椅子に座ってへたり込む。なんか、もう限界だ……少し…………やす・・・・・・もう。
 
 こうしてあたしは、これから起きていく事件を想像することも無く。蒼穹の空を視界に入れながら、日光の反射熱を感じてじわじわと眠りについていったのであった。



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