FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ここにあるのは心だけ、願い果て無きブラックホール

第28幕

 聞いた話によると、世の中には鍋に団子やらチョコレートやら、果ては玩具を入れて暗がりの中で突付きあう食事があるらしい。いや、ここまで来ると最早レクリエーションに近いものじゃないかと思うあたしはやったことは無いが、それは "闇鍋" と言われて親しまれているらしい。 

 でも、初めて知ったよ。暗がりじゃなくても闇鍋ってのはあるんだって事を。なぜならば、これから夕飯を食べる筈の、椅子に座ったあたしの目の前には "黒くてどろりとしていそうなスープ" が置かれていた。……なあ、朝倉。あたしを失神させたいなら、もうちょっと美味しそうに作っても良かったんじゃないのか。

「キョンちゃん、それは酷いわっ」

 前の方から木材と木材が叩き合う音がする。朝倉涼子はいつの間にかブラウンのスーツにタイトスカートという格好で、指揮棒の様なものを右手に持っていた。朝倉、お前はいつ教師になったんだ。
 そんな、あたしの疑問はどこへやら、朝倉涼子先生は講義を続けるわけで。

「これは "静岡おでん" と言って、歴としたおでんなのよ。牛スジのスープに豚モツ、黒はんぺん。野菜や練り物とかの具材は串に刺してあるのが正式な"おでん"なのっ」

 眼を閉じながら指揮棒をフラフラと揺らし、満足気におでん知識を語る朝倉涼子教諭。あたしの後ろに回ったところで説明が終わったようだ。そうかいそうかい、なら食べられるものなんだな? よぉく解ったよ。「じゃあ、召し上がれ?」と、朝倉はあたしの肩に両手を置いて、聞く前にお前が食えと言いたくなる言い方する。

「私が食べさせてあげる?」
「自分で食うよ」
「そう? 無理はよくないわ、ほらこんなに肩を堅くして……」
「あ、っく、くすぐったいわっ! 黙って見てなさい朝倉先生! 今、食べてあげるから」
「・・・っちぃ」

 それはどういう意味ですか? さっきの仕返しのつもりだったんですか朝倉先生?
 受け皿を左手に、串を掴む勇気を右手に持ったあたしは、この世全ての悪と対峙するため乾坤一擲! いざ出陣! 右手には串に刺さった黒いはんぺん。受け皿と共に流れを止めることなく口の中へ放り込む……ん……ぅん……んぐっ……うん、悪くないな。

「ホント?」
「ああ、それに何か深みを感じる。長年の想いが篭っているような味だ……」
「そう・・・良かった」

 肩に置いていた手をあたしの胸の上で交差させる。左側頭部辺りに熱を感じる。振り向けないが、おそらく朝倉の頬がが当たっていると思う。勿論、あたしには無い水枕の感触もあり、少々枕で泣きたい気分だよ。

「キョンちゃんの口に合って良かった…………これからも、嫌いにならないでね。キョンちゃん……」
「あさ…くら?」

 捨てられた子犬が段ボール箱から発するくらいの声。今日の朝倉は本当に変だ。放課後のニセ竜巻騒ぎも、料理中にぼうっとしていたのも。受け皿を離した手をそっと朝倉の腕に添えてやる。……安心しろよ朝倉。あたしは、お前を嫌ったりしないさ。でもだからって、あまり悪戯ばっかりやってると家の前に小屋を建てて、棲んで貰うことになるけどな。

「うん、そのときはキョンちゃんも一緒ね」
「なんでだよ。被害者が一緒に棲むのはオカシイだろ」
「……そっか……そう、よね」

 結局、朝倉はその状態でなかなか動かず、壁に掛けてある時計の秒針を感じ取れるくらいの空気を過ごした。


スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。