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胸に宿る熱き彗星は 始まりの鼓動へ

第84幕
 アーケードの照明だよりの天体のもと、炉端に休憩椅子つきの針葉樹が生え並ぶ街路を私と彼女は歩いている。
 針葉樹の向こう側には涼しげで華やかな、時には野性的な、時には神秘的な装いをした、アンダーウェアを彩るために作られ掛け並べられているその子たちは針葉樹の向こう側の宿主を覆うまいと淑やかに待つ。その姿に一縷の興味をそそられるのは探求心か、自尊心か。この二つよりも思考の範囲を高める理由は献身? ふふっ――なんだか、今の私には到底似合わない言葉ね。そうねぇ、きっと嗜虐心って言った方が華やかに着飾れるかもしれない。
 奥のT字路にある噴水近くまで続く店頭に揃えられた淑女たちを一着一着、彼女に空想で着せては変えて、変えては着せて、燦美な調和を織り奏でるように照明器具に向けて右の人差し指を振り揺らすと、指揮棒ごしから彼女の声が聞こえてきた。
「楽しそうだな。一体何してるんだ」
 ブレザーのポケットに両手を入れて、楽しくなさそうに。
「魔法を掛けているのよ」
「魔法ね。お前が言うと嘘に聞こえないな。楽しむのはいいけど、谷口を見逃さないようにしてくれよ」
「大丈夫よ。ある程度の容姿は入力済みだから、視界の端に入ればコンタクトレンズのセンサーが勝手に検出してくれるわ」
「うわ、すこいなぁ。それ、あたしにも付けてくれ。お前かハルヒコが来たらすぐ逃げれるようにな」
「……」
 歩く。
 とつとつ歩く。
 次の言葉を出せずに歩く。
 両足は歩くのに、胴体だけが、泥に嵌ったかのように、重く、なった。

 指揮を振る手を止めてから、その手で彼女の左肘を引き寄せ、休憩椅子のない針葉樹へと彼女の背中を押し付けたなら、その後ろの太めに幹に左手掛けて、仕切りのない小さな個室に彼女を入れた。左手を伸ばした瞬間だけ目を瞑った彼女の顔が尚、泥の粘度を増加させる。
「なっ?!」
「ねえキョンちゃん。キョンちゃんは彼のことどう思ってるの」
「か、カレ?」
「あの雑用係のことよ」
「ん。朝倉。あまりそういう言い方してやるな。自分で言うより周りから認識させられるのは辛いものだぞ」
 そんなことが論点じゃない。
「どう思ってるの」
「どうって……別に、知り合い、とか、仲間、とか、そんな感じ、だろ」
「そうかしら。砂浜でも楽しそうに話してたし、空の上でも勘違いしそうな冗談、言い合って、キョンちゃん嬉しそうだったわ。本当に知り合いとか仲間とかの心情だけ?」
「はぁ? あのな。性別は違えど結局は自分だ。赤の他人以上に気が合うのは必然だろうし、それで仲が良くなるのは当然の流れだとあたしは思うぞ」
「赤の他人以上に……やっぱり、仲間以上に近いんじゃないの、彼との仲」
「朝倉、さん?」
 肘を掴んでいた右手を離して、彼女の背中に流れ下がるブラウンポニーテールの端から指を回して絡めとる。苦痛にならない、けれど気付けるほどのチカラで。
 彼女の脚に、腰に、腹に、肩に左手を置く。
 私が彼女のスカートに。私が彼女のベルトに。私が彼女のブラウスに。私が彼女のブレザーになりたい。そうやって彼女を彩って、共に生命をなぞり添っていきたい。そうすれば何の不自由もさせることもない。私の世界も、彼女の世界も。永久に安寧を得ることが出来るのに。
 いつもより布地の少ないこの姿で彼女を抱きとめると、よりいっそう彼女への思いを伝えられる気がするけれど。伝える瞳は横流し。息さえ掛かるこの距離で、私の気持ちは届きはしない。それなら直接教えてあげる。私の"息"をベーゼにのせて。

 黒い物体が、目の前に飛び出してきた。
 彼女のブレザー。中には彼女の右手が入っている。
「朝倉、お前、おかしいぞ」
 思考を停止しているあたしを置き去りにして、体だけを速やかに動かした。先ほどの言葉を朝倉に投げかけると、次の言葉は出ない。硬直した朝倉の檻から抜け出ると、立ち止まってしまった。
 あたしにセーフモードがあるとすれば、今この状態だろうな。
 今度の朝倉はなんだって言うんだ。
 いつもくっついてきたり、おふざけで近づいてくるとは思っていたけど、さっきのは空気が違った。猫とじゃれあうような気軽さじゃなくて、檻の中で大型猫と対峙しているような雰囲気。もし、あの時手を出さなかったらどうなっていた? やっぱり寸前で朝倉は止めただろうか。白黒赤白してるあたしに「やぁねぇキョンちゃん、どうしたのっ?」なんてからかいの言葉を掛けてきただろうか。やわか、こんなにもプログレッシブな行動を起こしてくるとは思わなかったぞ。お前の手を掴んでやるなんて言った結果がこれだよ。朝倉涼子幾号機がこんな暴走起こすなんて思わなかったよ。ヘイ、あたしの血液、ふるえを止めろYO! 冷静な判断できないじゃないかよ。思い出せ、あたしは冷静になる方法を知っている。子供のころから夏休みにはやらされたあの行動。体育の授業でも運動会でもやったことがある最後のシメに行うあの行動。それは実にシンプルで緊張のない行為。 深呼吸だ。
 両手を上に上げて、吸って、下げながらぁ、吐くぅ
 両手を上に上げて、吸って、下げながらぁ、吐くぅ

 きっとさっきのは、とある姉が新しく出来た弟に対抗心を燃やして母親に情熱を出しすぎちゃったみたいなあれだよな、きっと。なぁに、すぐに互いの距離を確かめられるさ。
 でも、もしそういうことじゃなくて、もっと踏み込んだ位置に朝倉の感情が存在するなら。あたしはどうしたらいい。なあ、教えてくれ無意識のあたし。
 この行動とルーチンをあと二回繰り返した後に、背中の方から議題であった大型猫の声が届く。
「はぁーあ……キョンちゃん。私がおかしいのは、いつものことよ?」
「分かってるなら治しなさい」
 これは、いつもどおり。だよな。

 夕飯時だからか、服屋が立ち並ぶアーケードを歩く人はまばらであたしたちの近くに人はいなかった。だからT字路から近づく大幅の足音はよく響いて聞こえる。
「キョンよぉ! お前がSOS団なんかで怠けてるうちに俺は鍛え上げていたんだぜこの脚力! だから到底追いつけやしねぇぜ!」
 谷口が毎日ここへ通う姿を思い浮かべると、泣いてあげたくなった。


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