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通り過ぎる毎日は 笑顔だけじゃいられない

第77幕

「風樹の嘆だ!」
 商店街のアーケードに連なる飲食店のうち、もっとも手軽で安くて過ごし易い、全国進出真っ最中な店の中のテーブルの上で、俺は炭酸水にショウガの辛味が加わった飲料が投入された、紙の容器にストローの付いた可塑性物質の蓋が取り付けられた形状のコップを左手に持ちつつ、その手の人差し指で目の前の一般的優等生の国木田に突きつけた。
「はぁ?」
「わっかんねぇか?」
 細い四角柱。拍手切りだか、淡白切りだかのジャガイモを油で揚げた食べ物をちまちま食べている白いドビー生地の半袖シャツにブロックチェックのネクタイを締め、革のベルトで締めたストレートデニムなんつう、熱くるしいんだか涼しいんだか分からない服装のそいつはまったく理解してねぇみてえだから、仕方なくもう一言付け加えてやる。
「風が吹いても揺れない、穴の開きまくった幸福ゲージはスカスカでカラカラだ。未来の系統樹を守るためには、今、いや一瞬を大切にしなきゃならねえ! それなのに一体どうなってんのこの状況は!? 俺の予定じゃ、手繋ぎで映画を観るのは新世界のハニーの筈だった。この嘆きを癒してくれるラブで、クールで、びーてぃふぉーなミカエル様はどこにいっちまったんだかって話なんだよ。けどな、後悔先に立たずって言うありがたいお言葉を残した先祖がいる! それに習って俺は行動を起こす。出来るうちにできることをやる! それが風樹の嘆だ!」
「なんだかそれって曲解してない? 風樹の嘆って、親が生きているうちに孝行しなさいって意味だった気がするけど……まあ、つまり谷口が言いたいのは、リベンジするぞ。っていうことだね」
「そうだ、リベンゾだ。でも、感謝してるぜ。お前が通りかかって騒いでくれなかったら、あの大仏みてえないけ好かない野郎にふんじめられて、今ここに立ってなかったぜ」
「座ってるけどね」「鑑識眼が無いんじゃないの? 直情的過ぎる。それと、今度はもっと上品な飲食店でお礼を頼みたいよ」
「野郎にはらうお礼なんて、ここくらいで十分だーって」
「感謝のかけらも無いね……」
 国木田は次のポテトへと手を伸ばす。それを選んだのはお前だってのに。
 俺は右手に半分残っていた、単品三百円程度のファーストフードをかじり減らして左の炭酸飲料を口の中で染み込ませる。チキンの肉質はジューシーでありながらも食べやすく崩れていき、レタスのシャキシャキ感が、なんともファーストフード感覚を倍増させてくれるぜ。
 店内は似たようなテーブルがいくつも並んでいて、中には家族連れに、サンダルハーフパンツアロハなおっさん、男女二人組なんかが居やがる。代わりやがれ、その場所を。
 更には、この休日に仕事でもあるのかねえ。キャリアウーマンのようにすらっと姿勢の良い二十歳前半の……いやいや、もしかしたら二十歳かも……いやいやいやいや、ひょっとして十七歳かもしれない女性が携帯電話を右手に絶賛可憐さ稼動中。
 グレーのジャケットは細身のラインにフィットするほど美しく、同じ色のパンツは無駄なふくらみの無い健康美。ジャケットの下にはグレーより濃い目のシャツブラウスを着ていて、それもまた程よいふくらみが端正な顔立ちに、後頭部、首筋の上あたりで括られたブラウンヘアーを引き立たせている。そして、

 目と目が合った。

 どきりとしたのも束の間の驚きに、彼女はにこりと微笑で答えてくだすった!
 これはまさに……ミカエルが舞い降りた、だろ? 
「国木田……きたよ……きたぞ、国木田!」
 すばやく国木田の方に顔を向けると、臨戦態勢へ移行の告げるってなもんだ。
「来たって、なにが。また当てにならない0.5秒の一目惚れかい」
「いいや、こんどは本気だぜ! 今までのやつらは歳が低すぎた。年齢じゃない、中身の年齢が、だ! 彼女は若くして何か奥深いものを得ているインスピレーションがぐっときたね。ぐっと! グット! グゥゥゥット! きっと彼女なら理解してくださるはずだ。やっと、報われる瞬間が来だっでやづざ!」
「その古臭い感覚を直した方が、目標への道のりは早いと思うよ」
「あの、少し、お時間取らせて頂いても宜しいですか?」
 大天使ミカエル姉さまと呼べば宜しいか。
 噂をしたら来るってのは本当だな。初めて信じる気になったぜその言葉。
「ほらぁ! 来たぁぁ!」
「はいはい、落ち着いて」
 国木田がたしなめようとするこんな俺の慌てふためきように、彼女は先ほどと同じ微笑みを返してから話を続ける。
「もしかして、貴方はキョンくんのお友達の谷口くんですか?」
「はい! そうです。谷口と申します! 今後ともよろしくお願いします!」
 音を立てずに立ち上がり、右手を斜め四十五度下方にに差し、出す。
 こんな突然な行動を受け入れられるとは思っちゃいない。だけども、押さえ切れなかった! 反射的に差し出しちまった! この機会を逃せば俺は一生伴侶なんかを獲得することは無いだろうと未来からのお告げが全身に伝わってくる! そして、その願いの結果はすぐにもやってきた。
 右手に感触が伝わる。
 目で確認する。
 両手だ。
 彼女の、両手だ。あるぁららららラララー♪ アーベマルィーラー♪
「それは、良かったです」
「俺も、良かったですっ!!」
「キョンくんから大体のことは聞いていたから、けっこう確信があったんです」
 キョンか……一瞬あいつの見えない毒牙にかけられた被害者かと思ったが、どうやら違うんだな? 俺は、お前に初めて感謝するぜキョン。これからも涼宮とよろしくやってろ、俺はこの方とよろしくやってるからよ!
 よぉし、よろしくやるためのステップその壱、氏名交換を実行せねば。
「あ、あの、そういえば貴方様のお名前を伺っても宜しいですか?」
「伺わせても宜しいのですが、一つ条件があるのです」
 下で絡んでいた両手を、俺の手と共に二人の間へ持ち上げてくる。 
「実はキョンさん。いえ、SOS団と賭けをしておりまして、谷口くんにはこれから一時間、彼らから逃げ切っていただきたいのです。規則は簡単。SOS団の誰かに三秒ホールドされたらノックアウト。逃げる手段はいかなる手段を使用しても構いません。どうでしょう、谷口くん。もし逃げ切ることが出来たなら、SOS団から私の名前とメールアドレスを受け取れると思いますよ?」
 キョンの野郎。
 こんなに美しいお方の個人情報を盾に脅迫まがいの行為をするとは見損なったぜ。どうやら、涼宮に振り回されて、周りのことが見えなくなってるらしいな。なら、
「やります! やらせてください。このホワイトナイツ谷口、必ずや貴方様の個人情報を取り戻して見せましょう! キョンの奴には一発、ガゼルパンチをお見舞いさせてやらないといけませんがねっ」
「まあ、頼もしい。では、期待しています」「では」
 軽くお辞儀をして、ふわりと店の出口へと向かっていく彼女の香りはエリザベスの称号がふさわしい、緑茶のようにさわやかで、石鹸のように清潔感のある風で、俺の幸福ゲージをリブリッジさせた。
 彼女の笑顔を守るためならば、目的不明のSOS団が相手であっても負ける気がしない。いま、心のそこから白い光が差し込んでくる。やましい気持ちなんて吹っ飛んじまいそうなほどの勇気が湧いてくるのを感じるぜ。
「みたかよ。国木田。あれが俺の天使ミカエルだぜ」
「そっか、頑張ってね。あと、天使様のコーヒー代も忘れないで払ってね」
「ああ……任せてくださいよ」
 

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