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水面が揺らぐ 風の輪が拡がる

第55幕
 莫迦、馬稼、破家、馬鹿。
 色々な漢字を持つこの言葉には、同時に色々な意味ももたらされている。時には一途、時には思慮の浅い奴、時には分からず屋、時には無茶する無鉄砲だとか言われるこの言葉で形容するしかない奴が今、ソファーの上でお腹にタオルをかけて、おでこに冷却物をつけながら、予想外の衝撃荷重から受けた損傷を、21時を指そうとしている時計の針と共に修復しようと横になっている。本当に馬鹿だろう、貴方は。
「言ってくれるなよ。まさかアレ程とは思わなかったんだ。だって、ハルヒが作ったものだぞ? そうそう倒れるようなものになっているとは思わんだろ」
 左腕をお腹の上に、右腕を眼の上に乗せて後悔の念を放つ。
 ああ、確かに美味しかったぞ。お前が食ったところ意外は、存外普通にお腹の中のポケットに収まったよ。それこそ、口から「うまいぞー!」って、言葉と共に光の束が発射されそうなくらいにな。
「つまり、俺ガ食べさせられるところだけ細工してあって、それを見事に引き寄せちまったわけか、俺は」
「そういうことだな」
 まったく、あのあと涼宮はトイレに引き篭もっちまうし、貴方を介抱しなきゃならないし、夕飯は食べなきゃならないしで大変だったんだぞ。
 ふっ、と嘲笑する彼が話題を続ける。
「で、そのハルヒは?」
「洗濯中だよ。心のな」



   ぴちゅん

 濡れた前髪から落ちた水滴が、目の前で水面を生む。
 四、五畳の広さに、足を曲げれば二人くらい入れそうな浴槽。複数開いた穴から湯水を出す器具や上半身は軽く映るくらいの鏡と、最低限の洗浄用具を意味もなく見つめ、再び水面に視線を戻し、膝を抱えて一息つく――――漣が、踊る。

 ちょこっとお灸を据えるつもりが、仕返しされるなんて思ってもみなかったわ。
 いつもは何もしないくせに、行き成りあんな事して……驚くわよ。誰だって・・・そうよ、誰だって驚くわ。今日のは偶々キョンで、その相手が偶々アタシでってだけ。そこに特別な意味なんてない。全部偶々、偶然、事故みたいなものよね・・・でも、キョンで良かっ―――!?
 ぷくぷくぷくぷく
 ぷくぷくぷくぷくぷく
 ぷくぷくぷくぷくぷくぷく、顔を半分沈めて水泡を数秒、精製してやる。
 やっと……落ち着いてきたかな。
「ハルにゃ~ん、ここにタオルときがえおいておくねー」
 純粋そうな声が曇りガラスの向こう側から届く。アタシは慌てて顔を上げる。
「ええ、有難う。妹ちゃん」
「どういたしましてー」
 お辞儀をしてその場を去っていった。ほんと、躾が良いのね。ああいう礼儀をキョンにも教えてやりたいわ。強引…………過ぎなのよ。
 結論にもならない結論を出して、アタシは水の面紗を脱いだ。



 扉が開く。
「よう、すっきりしたか?」
「ええ、お陰様でね」
 首にハンドタオルを掛けた、寝巻き姿で上気な涼宮が今宵の宿に招かれる。
 今日の宿は、いつも通りであって少し違う。部屋の造りや此れといった物がない風景は一緒でも、枕や遮光布の色が違うのだ。そうだな、机の上に漫画本やら雑誌やら、教科書やら筆記用具やらが積み上がってるのを見ると、そこはかとなく男の部屋なんだと実感できる。
「でも、いいのかしら。この部屋を使っても」
 ぽふん、とキョンの一人用寝台に後ろ手を突いて腰掛けると、視線斜め右に、机の前の首が回る椅子に腰掛け、まだ制服姿で胡坐を掻き、中身が見えないようにスカートを両手で押さえたキョン子に投げ掛ける。やっぱり、ちょっと……
「いいんじゃないか? 家主はソファーの上でノックアウトしてるし、もう一人の家主に勧められたんだから。ほら、枕は大きめのタオルを巻けば問題ないだろう? あたしの寝床はあとで持ってくるとするさ。妹ちゃんに持って来させるのは流石に可哀想だ」
「え、ええ、それも、そう、ね」
 夕飯時の光景が蘇るのを寸前で拒絶しながら見てみれば、確かにキョンの枕に布の面紗がされている。何かしら、この・・・楽しみ奪われた絶望感。きっと、気のせいね。それよりも――――

「キョン子。貴方、キョンとどういう関係なの?」

 好意の欠片もない表情で、涼宮はあたしを見据えてくる。
 ちょ、ちょっと待て・・・一体急にどういうことだ? いや、急って程でもないか。そもそも涼宮がここまで付いて来ること自体。疑問が生まれることだったのだ。何か涼宮にとって腑に落ちないことがあったという事。詰まり涼宮は、あたしと彼の事を「従兄妹」という関係ではないのではないか、と疑っているのだろうな。しかしここで、ハイ、そうですよ、と答えるわけにはいかないのは、火に弱い氷の精霊でも分かる事であり、最初に付いた嘘の辻褄を合わせるために尽力せねばならないわけである。ってことで、こう答えるのが最善だろう。
「涼宮。朝にも言っただろう。あたしたちは従兄妹―――「なわけないわよね」
 自信満々に遮られるあたしの声。
「それにしては寛ぎ過ぎだもの」
「それは、昔に何度も遊びに来てたからであってだな……」
「そう。なら家族ぐるみで円満なお付き合いだったわけなのね」
 そうそう、その通りだよ。今よりも小さい頃の妹ちゃんに振り回されたり、小母様には気を遣って貰ってばかりで申し訳ないほどお世話になったりしたものさ。
「でも、それだと可笑しいじゃない」
 どこが可笑しいのか、あたしにはさっぱりなのだが。涼宮は寝巻き一枚のみ隔てた胸の前で腕を組み、今にも鳥打帽を被りそうな雰囲気を醸し出して続ける。正直、迷宮入りして欲しい推理だ。
「そんなに仲が良かったのに、妹ちゃんには隠し子扱いで、お母様に至ってはアタシとひっくるめて数えられてたもの。再会の挨拶くらい交わしてもいい筈だわ。例え、電話で話していたとしても、実際に面と向かって出会うときには『お久しぶり~』とか『遠くからご苦労様』とかあって然るべきよ。それが、円満なお付き合いをした仲なんじゃじゃないかってアタシは思うんだけど。どうかしら――――キョン子」

 薄暗い渦が巻き上がる眼光を受けて、何の意識もなく、右手は額から顔の半分を覆い隠す。
 完全にしくじってしまった。桃色カーディガンを着た操縦専門家も吃驚だな、こりゃあ・・・。
 一体ここからどう切り返せばいい? 多段突きか? スイッチバックか? それともジャイアントスイングからナイアガラキン肉バスターでもすればいいのか!? っく、落ち着けあたし。どうにかこの混乱を抜け出せる手筈を考えるんだ。もういっそのこと別世界から来ましたとでも言ってしまおうか? いや、それは駄目だ。涼宮がハルヒコと同じ力を持っているとするなら。それを信じた途端に壁から床から地面から空から得体の知れない生物が湧き出てくるやもしれん。相手がハルヒコなら、あたしの言葉なんて信じないだろうが。相手が涼宮ハルヒの場合、どう転ぶか分からないからな。他に方法は――――ああっもう! 全部無かった事にしたい気分だ! ・・・・・・無かったこと。そう――そうか!
「涼宮。今まで黙っていて済まない。実はあたし……記憶喪失なんだ」



















「何言ってんの……?」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だよな。



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